Time Has Come
 
 
 
W. Sciolto
片山龍介の雄弁なる沈黙
          
色さまざまな大地の夢の中で
すべての音の響きのあいだから
一つのかすかな音が聞こえる
ひそかにそれに耳傾ける者に
                 (Schumann『幻想曲』のmotto)
 どうやって家まで帰って来たのか、まるで覚えていない。『クライスレリアーナ』の音が段々と消えていって、最後の低いGの音がひどく遠くから聞こえた。いや、違う。もっと曲の途中から、私は別の音を聞いていた。音楽の中から浮かび上がってくる、全く異質な音。曲が進むにつれて、それは私の内側に入り込んできた。そして次第に音は大きくなり、一つの聞いたこともない響きを作った。その不思議な響きをそばに留めておきたくて、私は声を出さずにはいられなかったのだ。多分。
 私は正装したままの姿でリビングに入った。そして電気もつけずに、これからコンサートを始めるといった風に改まってピアノの前に座り、鍵盤に指を乗せた。痛切に何かを弾きたいと感じた。しかし、一体何を弾けばいいのだろう? 私はそんなことも分からなくなっている。そして分からないままに、自分が手を乗せているものを見つめた。ピアノ……。この整然と配列された88の鍵盤から無数の音を生まれさせるもの。溢れんばかりの音を入れた楽の器。どの鍵盤がどんな音を立てるのか、私は見ただけで正確にその音程を頭の中に呼び起こすことが出来る。だが、そんな力が何だというのだ。全ての音をたった12個に割り切ってしまうことに何の意味がある?
 私は鍵盤から手を降ろし、眼を閉じた。すると頭の中に一つの楽譜が浮かんだ。見たこともない楽譜だった。音符を追っていくうちに、私はそのメロディーが和声の中からひとりでに生まれてくることに気付いた。そして、メロディーを宿した和声は私の内側から響いていた。私の鼓動と混じり合いながら。
 次に眼を開けたとき、私はカーテンの隙間から白い月明かりが漏れていることに気付いた。私は庭に面したガラス戸に近付き、カーテンを開け放った。中空には、見事に正円を描いた月が浮かんでいた。ずっと昔にもこんな月を見たことがあるような気がしたが、それがいつのことかまでは思い出せなかった。私は冷たく澄んだ光に胸を射抜かれ、凍りついたようにその場に立ちすくんだ。そして、ただ月を眺めた。
 その時、もう一度あの異質な音が聞こえてきた。そして同時に、凍っていた私の身体は動きを取り戻した。私は後ろを振り返り、白い光に満たされた部屋の中を見渡した。月明かりはピアノを照らし、私を、そして部屋の中にあるものの輪郭を朧げに浮かび上がらせた。そこは耳が痛くなる程に静かで、同時に音が満ち溢れていた。あらゆる物は音を宿していた。音は沈黙の中の未だ発せられざる声であり、そして誰にも弾かれていないピアノの中にあった。いや、それだけではない。本来なら音楽を奏でる役割を担わないはずの椅子や机、ソファの中にも……。音は当り前のようにそこにあった。
 私はもう一度、今度はガラス戸を開け放して月を眺めた。晩秋の夜気が部屋の中に流れ込んできたが、少しも寒くはなかった。むしろその光と空気は、私を外に出るように促しているようだった。私は誘われるままに、靴も履かずに庭に降りた。芝生の夜露が絹の靴下越しに冷たさを伝えてきた。その感触を味わいながら、私はゆっくりと庭の中央へ歩み出した。そして三たび天を振り仰いだ。月は、星は、グロッケンシュピールをメタルマレットで叩くよりも、クリスタルグラスを指で弾くよりも、はるかに澄み渡り、きらめいた音を奏でていた。何千年、何万年も前に発せられたそれらの音が、今私に降り注いでいるのだ。私は大きく背伸びをし、右手を真上に差し上げ、左手を斜め上に伸ばした。そして胸を反らせ、全ての音を出来る限り身体で受け止めたいと願った。そんな私の足もとで、今度は大地が音を響かせ始める。低音の協和音よりも深く、優しく、包容力のある音が響いた。その音は、愛する人と抱き合っているような安堵感を与えてくれる。あるいは大地は、私がずっと抱かれるべきだった、本当の母親の胸なのかもしれない。私は芝生の上に仰向けになった。そして背中に夜露の冷たさと大地の拍動を感じながら、天を見つめた。天から差す光と地上に生きるものの声の狭間に私はいた。私は独りきりでそこを漂っていた。
 やがて呼吸とともに、全ての音が私の内に集まってきた。そして同時に、私は段々と自分の身体が重さを無くし始めていることを感じた。私もまた、音の一部としてその中に溶け込んでいくのだ。私は眼を閉じ、まだ鳴っているであろう私の鼓動を、脈拍を聞こうとした。本当に聞くべき音の全ては、私自身の内にあった。音は、私だった。