Time Has Come
 
 
 
編物をする彼女
 僕は誕生日のプレゼントに、彼女から手編みのマフラーをもらった。
 何においても不器用な彼女だったけれど、そのマフラーはびっくりするほど上手くしあがっていて、まるで既製品みたいに見えた。
「ありがとう」
 それだけしか言えずに僕が照れていると、彼女は嬉しそうに笑った。
「私、夏の頃から編み物していたの」
「夏から?」
 僕の誕生日は12月だ。彼女は半年近くをこのマフラーのために費やしていたのだろうか。
「あ、言っておくけど、これ編むだけでずっと過ごしてたわけじゃないんだよ。何本か、練習のために編んでたの。これが一番いい出来に仕上がってよかった……あなたに一番似合いそうな色だから」
 マフラーを愛しげに撫でながら、彼女は言った。
「新井素子……知ってる? 作家の」
「? うん」
「その人のある作品にね、女の子が恋人に手編みのマフラーをあげるのは、できたマフラーをあげるんじゃなくて、一目ごとの彼女の想いをあげる、っていうのがあったの。編んでたら、なんとなくわかった。編みながら、ずっとあなたのことを考えてたから」
 僕は妙にくすぐったいような面映いような気持ちになって、うつむいてしまった。
「最初はケーキ焼こうかな、って思ったけど、食べたら残らないじゃない」
「ありがとう、嬉しいよ」
 僕がマフラーを首にまいてみせると、彼女ははしゃいで声をあげた。
 例え大寒波が襲来しようとも、このマフラーさえあればしのげるような気がした。
 

 マフラーの色はグレーで、黒を主とした僕の服装にはちょうど良かった。だんだん寒くなっていく季節であったし、せっかくもらったのだから活用しようと思い、どこへでかけるにも必ず首に巻いた。そのうちマフラーをしなければ首元が涼しく思えるようになってきて、手放すことができないようになってきた。
 しかし僕はうっかり者で、落し物や忘れ物をすることがたまにある。あろうことか、マフラーを電車の中に置き忘れてしまったのだ。
 暮れも迫ったその日、僕は環状線に乗っていた。昼時で人が少なく、僕は座ってぼんやりしていた。補習に参加するために学校まで行って、その帰りだった。
 電車の中は暖かく、僕はマフラーを外していた。そのうちにうとうとしだして、いつの間にか寝入ってしまっていた。僕が目を開いたとき電車は目的の駅についていて、まさに閉まろうとベルが鳴っている最中だった。
 僕は慌てて電車から飛び出した。行ってしまう電車を見送りながら、僕は首もとの涼しさを不審に思っていたが、しばらくしてやっとマフラーを電車の中に置き忘れてきたのに気づいた。
 どうすればよかったのだろう。環状線がもう一巡りしてくるまで待つべきなのだろうか。
 僕はその駅で待ちつづけ、これだと思う電車に乗ってマフラーを探し、遺失物係に電話もかけたりしてみたが、ついにマフラーを見つけることは出来なかった。


 年が明けてから、やっと僕は彼女と会う機会を得た。
「あけまして、おめでとう」
 開口一番、彼女はかしこまって言った。僕は笑えなかった。彼女の目が『マフラーはどうしたの』と言っているように見えた。
「ごめん……マフラー、なくした」
「え、なに?」
 先に立って歩いていた彼女は、振り向いて聞き返した。
「なくしたんだ、マフラー」
「なくしたって……何処で?」
「環状線の中に忘れて……探したけど、見つからなかった」
 彼女の笑みが薄れていった。
「ごめん、せっかく編んでくれたのに」
「いいよ……しょうがないよね、見つからなかったものは」
 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、彼女は一転して明るい笑みを浮かべた。
「気にしないで」
 気にしないでいられようか。彼女の半年分の想いを、僕はうっかりして置いてきてしまったのだ。
「ごめん」
 僕が繰り返すと、彼女は首を振った。
 僕はそのマフラーの行く末を思った。
 捨てられてしまったのだろうと思うと、たまらなく悲しかった。

 それからしばらくして、僕は彼女の家に出向いた。彼女が僕を招待したからだ。
 手土産としてケーキを買っていったら、彼女のほかには誰もいなかった。彼女の部屋で紅茶を飲みながら、僕はなんとなく僕らの歴史について考えていた。中学二年の時からの付き合いで、今年で4年目。あの頃の彼女の部屋は、もっと子供っぽかった。今でぬいぐるみがならんでいるけど、やはり昔とはどこか違う。
 しばらく他愛ない話をしていると、彼女がふと何かを思い出したように手をぽん、と叩いた。
「そうそう、今度私セーター編むの」
 僕がきょとんとしていると、彼女はメジャーを取り出して、僕の方へやってきた。
「サイズ計らせてよ」
 彼女は僕の肩幅やらを計りながら紙にメモしていった。
「今年のあなたの誕生日までに、セーター編み上げるから。ちゃんと着れるまともなやつね。それで、来年は手袋あんであげる。ちゃんと指が5本分あるやつ」
 僕は彼女の編んだ手袋とセーターを身に付けている自分を想像してみた。それは結構悪くないものだった。
「でも、それまで続いてるかな、私たち」
 彼女がそんなことをつぶやいたので、僕は彼女の額を指ではじいてやった。
「いったーい」
 言いながら、彼女は笑った。そうして僕の方に頭を持たれかけさせるようにして寄りかかってきた。
「楽しみにしてる」
 僕は言った。
「楽しみにしてて」
 彼女は言った。


 そうして彼女は、セーターを極めるために編物を続けていた。その結果彼女はひどい肩こりになってしまったらしい。
 そんな彼女のために低周波治療器を買ってあげようと、彼女の誕生日を目標にして、僕はバイトを始めた。