Time Has Come
 
 
 
『冬の風物詩』
 この間のことである。珍しく頂戴した休日に、居間で我が家の飼い猫と共にコタツムリをきめこんでいた。
 ふと、窓から外を見ると、ここ数日の上天気のおかげでか、庭では木枯らしに落ち葉が舞わされていた。
 なんとなく嫌な予感がしたが時既に遅し。
 私の逃亡ルートは、先手を打って、箒を携えて仁王立ちをしている母によって閉ざされてしまっていた。
 私は一つ嘆息すると、名残惜しくもコタツから抜け出すと、難局越冬隊もかくやと思わせるような決意を奮い立たせて、寒風吹きすさぶ庭へと足を踏み出した。
 結婚適齢期の一人娘に対する風当たりは、家族からも外部からもきついものなのだ。
 私は最初のうちこそ、黙々と箒を動かしていたが、じきにただ掃除をしているだけというのも芸がないように思えてきた。
 そこでついでに焚き火をするという、なんとも魅力的な計画を実行に移すこととあいなった。
 一カ所に集めた落ち葉の山を作って、燐寸で火をつけた新聞紙から引火させる。水分を失ってからからに乾いている枯れ葉は、パチパチと小気味のいい音をたてながら、実によく燃えた。
 最近はとんと御無沙汰だったが、子供の頃にはよく祖母に焚き火をしてもらった。
 その度に私は火が踊る美しさに目を奪われていたものだった。
「失礼、お嬢さん」
 ぼんやりと昔日の思い出に浸っていると、突然背後から声を掛けてくる者があった。
 驚いて振り返ると、そこには紳士が一人立っていた。
 その人物は明らかに紳士だった。シルクハットを片手に持ち、きちんとフロックコートを着込んだ鼻眼鏡の男性が紳士でなければ、いったいなにを紳士というのか。
 その紳士が言うには、
「お嬢さん、少し火を拝借できますかな」
 いつ取り出したものやら一本の葉巻が指の間に挟まっていた。
 その余りに堂々とした態度に、私は思わず「どうぞ」とこたえてしまった。
「有り難う」
 軽く頭を下げて礼を言うと、紳士は焚き火に近付いて腰を屈めた。そして葉巻が触れるや否や、あれ程勢いのよかった炎が、すっと葉巻に吸い取られてしまった。
 葉巻の先からは猛烈な火炎が吹き出していたが、紳士は構いもせずシルクハットを頭に乗せると、すっと葉巻を空に向けた。すると、紳士の身体がふわっと浮き上がり、みるみるうちに我が家の屋根を越えて、何処へかと飛び去ってしまった。
 おかげで私はもう一度火をおこし直さないといけない羽目に陥った。
 再び枯れ枝がはぜ始めた頃、また誰かが後ろから呼び掛けてきた。
「お嬢さん」
 再度振り向くと、今度は書生が立っていた。
 その人物は明らかに書生だった。何処の物かも知れない角帽を被って、袴を履いた下駄ばきの男性が書生でなければ、いったいなにを書生というのか。
 その書生が言うには、
「お嬢さん、ちょっと落ち葉をいただけませんか」
 いつ取り出したものやら、一枚の唐草模様の風呂敷が、両手の上に乗せられていた。
 その余りに快活な態度に、私は思わず「どうぞ」とこたえてしまった。
「どうも有り難う御座います」
 深々と頭を下げて礼を言うと、書生は屈んで風呂敷を地面に広げると、焚き火の枯れ葉を両手で抱えて持ち上げ、そそくさと包み込んでしまった。
 それ程重くもないだろうに、大きく「よっこらしょ」とかけ声を出して背負うと、ふわりふわりとまるでアドバルーンか何かのように、書生もろとも風呂敷はぷかぷかと浮き上がった。そしてみるみるうちに我が家の屋根を越えて、何処へかと飛び去ってしまった。
 私の目の前には、空しく橙色の衣を揺らめかしている火だけが残っていた。
 しかたなく、先程とは逆に私は再び落ち葉を集めた。
 そうしてまた人心地ついた頃になると、
「お嬢さん」
 いい加減腹が立ったので、今度はもう相手の正体を確かめたりしなかった。
「少し、借りたいものがあるのですが」
 借りたいものがあれば勝手に持っていけばいいのだ。火でも落ち葉でも。そう思って黙っていると、向こうもこちらの意図を察したらしく「それじゃあ失礼して」と呟くのが聞こえた。
 と、にわかに凄まじい突風が、背後で巻き起こった。
「有り難うございます」
 風の中からそんな声がしたような気がしたが、すさまじい砂埃に耐えきれず、私は目を閉じていたので、どんな人物が言ったものやら見当もつかなかった。
 風が止むと周囲には誰もおらず、火も落ち葉も元のまま、自分の全身を見回してみても、縁側を覗いてみても特になくなっている物もなさそうだった。
「はて、今の人は何を持っていったのかしら」
 独りごちてみても答は返ってこない。
 まぁいいやと思い、焚き火の所へ戻ったところで、思い当たることがあった。私は慌てて燃えている葉の中を、一本の枯れ枝でまさぐってみた。
「やられた」
 私は両手を挙げて、天を仰いだ。
 楽しみにしていた焼き芋が、焚き火の中から忽然と姿を消していたのだ。