Time Has Come
 
 
 
よく降るなぁ

 
朝方、布団の中でどうにも外がうるさいなと思っていたら、鈍色の空から本が降っていた。
 そろそろ梅本も差し迫り、本格的に降本量も増えてくるだろう。
 私は一つ嘆息すると、布団から這い上がり、本降りの憂欝な出社を考えながら朝食をとることにした。
 家を一歩出ると、本棚を逆さにしたように本が降り注いでいた。
 しかし、躊躇している暇はない。傘を広げると足早に駅へと急ぐことにした。
 あちらこちらのぬかるみやページの開いた本に気を付けながら歩いて、ようやく駅へと辿り着く。だが、電車は本の除去のおかげで、遅れているようだった。プラットホームで待っていると、除本車が何本も出ていく姿を目にすることが出来る。これからは当分こういった光景が、日常茶飯事として繰り返されることになるのだろう。
 少しイライラが募り、場内禁煙のアナウンスを無視するように、私の手がポケットの煙草に伸びようとした時に、折りよく向沢行きの電車が到着した。時計に目をやれば、もう八時半をまわっていた。遅刻は免れようがなかったが、梅本時期の間は会社もある程度は目をつぶってくれる。
 ノロノロの徐行運転で電車は進む。
 車内の乗客は傘を持つ者と、アクアラングを装備している者とに二分される。けれども、やはりかさばるので潜水服は人気がいまひとつだ。特にラッシュ時の周囲の視線は非常に冷たい。
 シュノーケルが当たっただのなんだのの口論が、あちこちで起こっている。
 当事者以外は皆知らん顔を決め込んでいるが、アクアラングの人間に対しては風当たりも強く、近くに立っているだけで煙たい顔をされる。
「ちょっとこんなところにボンベを置いとかないでよ!」
 同じ車両の奥の方から、年配らしい女性の金切り声が聞こえてきた。相手の方の声は聞こえないが、それ以上の進展がないところを見るとどうやら平謝りに謝ったものらしい。
 どこかから露骨に舌打ちする音が聞こえてくる。
 私はとにかく、ともすれば自分も潜水服の人間非難にまわりたくなるのをじっとこらえて、ただひたすら会社の最寄り駅に到着するのを待っていた。
 普通の時とくらべて倍以上の時間を費やして、漸く電車は目的の駅へと辿り着いた。
 駅を出た頃には本は止んでいた。空もいつのまにか吸い込まれるような青さを取り戻している。
 思わず私は嬉しくなり、小走りに会社へと向かった。
 だが、それがいけなかったとしか言いようがない。
 つい、足元の注意がおろそかになっていたのだ。
 おかげで、ページを開いた本が、上を向いていたのに気が付かなかったのである。
 私の足が本に触れた。
 しまったと思っても時既に遅し。
 私の身体は水しぶきをあげながら、重力に従い本の中へ引き込まれていった。