はかない話
俺は自分の身を呪うしかなかった。
これほどまでの屈辱を受けながらも、それを甘んじて受け入れている自分自身に際限ない嫌悪を覚えた。
そして、自殺などでこの世からおさらばすることさえかなわない、己の不完全さを怨んだ。
もはや、俺みたいなヤツの時代でないことは解っているのだ。
だが、俺には他に出来ることも、することもない。
おそるおそる頭上を見上げてみる。
そこには、翼持つものの専有物であったあの青い空は跡形もなく、実際に天にまで昇りつめた人類の科学力が我が物顔でのさばっている。
地上からでも確認できる人工衛星の群。
地球の円周を取り巻く宇宙ステーションと、そこに至る高速エレベーター。
音速の壁を遙かに突き破った大型旅客機。
キンキラの電飾を巻き付けた高速飛行船。
俺達がガキの時分には、夢物語でさえ拝見できなかったような代物が、頭の上を遮り、この哀れな敗残者の平安を掻き乱すのだった。
あれほど蔑まれた科学万能主義が、現在では、どうしようもないくらいの現実感を伴って、目の前にどっかりと腰を据えていた。
そんな風になってしまっては、俺の存在価値などは正に塵芥以下なのだろう。今日も街角に立っていると――俺はただ突っ立っていただけだ。誰の邪魔もしちゃいない。人目に立たないように、ひっそりと立っていたにすぎないんだ――、偶然に通りかかった若造どもが、俺を見るなり敵意さえ剥き出しの目つきで睨み付けていきやがった。まるで、俺が汚物か何かのようにだ。
情けなかった。
あのガキどもを、力の限りぶっとばせたら、どれだけ胸がすっとしたことだろうか。
だが、俺にそんなことが出来るはずもなく、せいぜい未練たらたらの惨めな視線を、立ち去りつつある相手の背中に投げ掛けるのが関の山だった。
それが昼過ぎの事だった。
あれからもう半日は経過している。
けれども、俺の周辺は、いっかな変化の兆しを見せない。昼間の如き眩き光は辺りに隈無く充溢し、夜闇の気配は何処にも見出せない。
なにも俺の周りに限ったことじゃない。
街は夜になったところで、明かりが尽きることはない。
それどころか、真昼以上の電飾が、余すところ無く闇を駆逐していくのだ。
随分前に、どこかの国の政府が、暗闇が犯罪の原因であるというどこかの偉い学者さんの研究を踏まえて、大都市圏での店舗営業の二十四時間化を強化し、街中の電灯の数を倍以上に増加させた。すると、単純極まりないことだが、犯罪発生件数が無視出来ない程減少した。20世紀の昔ならいざ知らず、電気の有り余っている現在にとって、この報告は重宝されこそすれ、排斥される理由はなかった。早速各国がこぞって同じ措置をとることになった。
その結果、暴行、殺人、窃盗、強盗、放火だけでなく、売春・買春といった人類が生まれて以来抱えていた犯罪すら殆ど見られなくなった。
いいことなのだろうが、俺はどこか味気なさを感じずにはいられない。
光に追われ、俺は路地裏から路地裏へと物陰を転々とした。
それでも、人々は俺にささやかな休息すら許してくれようとはしなかった。
何処に行こうと、人、特に若造どもは顔を出し、俺を苦しめた。
今いる場所も比較的寂れている方なのだが、それでも昼間は人通りが絶えることがないし、夜中になっても時折思い出したように、ぶらりと誰かがやって来る。
また足音が聞こえてきた。
察するに5、6人ぐらいのグループらしい。
まだ結構距離はあるものの、笑い声や素っ頓狂な歌声が、耳をつんざくように響いてくる。
こっちには来るな。
俺は祈りさえしたが、元より神に見放された、いや救いを放棄した俺に慈悲が与えられる道理はなかった。
若造どもの足音が大きくなるにつれて、自分の肉体が抑えきれなくなってくる。
そして、正に俺のいる路地の前をヤツらが通り過ぎようとしたその瞬間、俺は通りに放り出されるようにしてガキどもの前に飛び出ていた。
突然、現れた俺の姿に連中は、少なからず驚いたようだった。
こうなれば、もう仕方がない。
俺は未練たっぷり上目遣いにヤツらを見つつ、両手を身体の前に持ってきて力を抜いて垂れるがままにした。
そして、決まり切った口上。
「うらめしやぁ」
次の瞬間、沸き起こった大爆笑の中で、俺は惨めに身を消す他なかった。