ある伝説に対する一序曲
それは今ではない時間の物語。
過去であったのかもしれない。
未来であるのかもしれない。
ただ、はっきりしていることは、それが今ではないということだけである。
啓蒙の曙光を未だ見出せない、もしくは忘却の果てに消し去った、剣の支配する世界。
科学の発展を遮る異なる知の体系を誇る魔法の支配する世界。
そこには夢と幻想があった。
空と海は人の手の届かぬ幽郷であり、陸も殆どが人の足の記録がない未踏郷であった。
名付けられないままの動植物が我が身を誇らしげに見せつけ、妖精や精霊は歌い躍る。
そんな世界に住む人間達は…… 常に死と隣り合わせである。
戦乱に次ぐ戦乱。
蔓延する死病。
果てしない飢餓。
異形の種族の襲来。
到来を拒む強大な自然。
数知れぬ人々が地に伏し、新たな植物の糧となる。
色鮮やかなる花弁は、血の紅の反映なのだ。
そんな中でも、人々は無限の絶望に耽溺することもできない。
希望が。
希望が。
生きる希望が。
どこかにあると固く信じ続けるしかない。
腕を断たれ、足を引きちぎられ、頭蓋を叩き割られ、目を抉られ、鼻を削がれ、耳を潰され、口を縫い取られ、腹を裂かれ、はらわたを引きずり出されようとも、彼らは己の血の海に沈み込みながらも、尚、こう呟くことだろう。
希望が。
これは、そんな世界に生まれる、一人の男の物語である。
彼は人より秀でているわけではない。
ただ主役に選ばれたというだけなのだ。
だから彼にも不完全な楽観は常についてまわる。
生きる為には殺さなければならない。
赤子でもわかる道理を実践する中でも、彼は常に自分だけは保持していると思い込まなければならない。
希望を。
そしてその楽観の中、彼は叫ぶであろう。
生きたい。
生きたい。
生きてやる。
これはそんな生の希望にすがる男の、その希望が無残にも消し飛ぶまでの物語である。
それは今ではない時間の物語。
そこには夢があったかもしれない。
そこには幻想があったかもしれない。
けれども、同様に、もしくはそれ以上に露骨な形で、常に死はのさばっていたのだ。