離れずに暖めて 番外編
今回の語り手は、徳田誠一が団長を務めるSWEの団員である池内良子(美術学科・1回生)です。
その日は、良子がサークルに入って初めて参加する飲み会だった。
新入生が入ってから何回か飲み会はあったが、良子は体調不良や用事が重なって一度も参加したことなかった。
(今日はやっと参加できたわ……)
良子は水のコップに口をつけるフリをして、向かいに座っている誠一をちらりと見た。
春の新入生歓迎祭で行われたSWEの演奏で、良子は初めて誠一を見た。良子が演奏している楽団の前を通ったとき、たまたまちょうど誠一がソロのパートを演奏していて、美形というわけではないが楽器を演奏するときの誠一の真剣な目に、良子は強く惹かれたのだ。
「SWEなんて、素人の集団みたいな楽団じゃないの?」という陰口も無視して、良子は勇気を出して入部届を出した。高校時代の音楽の授業で、オーボエを扱ったことのある経験を頼りにして。
そうして良子は、誠一の傍に近づくことが出来たのだ。
(でも……)
良子は誠一の隣を見た。
彼は両隣を異性に挟まれた席に座っている。
誠一の左隣は、良子と同じ美術学科の及川真由美である。誠一と真由美は仲がいいが、二人が恋人同士でないことを良子は知っている。真由美の彼氏はSWEの前団長三好で、今日の飲み会にもその三好は参加しており、真由美の左横に座っている。
(マユ先輩はいいとして……)
良子は誠一の右隣をみた。
そこには穂積圭子が座っている。
圭子は良子よりやや遅れて入団した、誠一と同じ学科の学生である。ちょっときつい感じの顔立ちだがなかなかの美人で、(良子より)小柄だが(良子より)胸が大きいことに、良子は少々引け目を感じていた。
(穂積先輩は徳田先輩と仲がいいんだよね……戸川先輩とも仲がいいから、戸川先輩の良子なのかと期待したけど、どうも戸川先輩の一方通行みたいだし……)
その戸川は、しっかり圭子の右隣の席に座っている。
「池内さんは、飲み会に参加するのは、今日が初めてなんだな」
徳田先輩が良子の方をみて言った。
良子は一瞬ぼけっとしていたが、誠一が話し掛けているのがまぎれもなく自分だと知ってどきっとした。
「は、はいっ。今日が初めてですっ」
思わず声が上ずってしまい、良子は顔を赤らめた。
誠一の隣で、真由美がくすくす笑う。
「てことは、今日初めてせーちゃんのもう一つの姿を初めてみるってことやね」
「何を言っているんだ、俺はいつも真面目だ」
誠一がそう言うと、真由美はメニューで誠一の頭をぽこっとたたいた。
「そんなセリフは二時間後に言ってごらん」
(なんだろう、徳田先輩のもう一つの姿って……)
何も知らない良子は、頭を悩ませるのであった。
「飲み物注文するから、なんでも言って」
良子は圭子からからメニューを渡されて、飲み物のページを開いた。
「えっと……」
先輩達は何を注文するのだろう。
良子はそう思い、メニューから顔をあげ、誠一たちが注文するのを見ていた。
「ウィスキーをロックで」
誠一がそう言うと、
「カシスソーダ」
圭子もアルコールを注文した。
(やっぱ、大学生って皆お酒飲むんだぁ……私も何か飲もっと)
自分がお酒に強くないとわかってはいたが、お酒の一杯ぐらい飲めなくては憧れの誠一に近づくことはできないと、良子は思った。
その相手が、一杯や二杯で近づける相手ではないと知らずに。
良子は迷ったあげくにカルピスハイを注文した。
「大丈夫? まだ、未成年やんな」
圭子が小声で話し掛けた。
「大丈夫ですっ。未成年でもこれぐらい」
良子が自信もって答えると、誠一が頷いた。
「そうそう、俺もそのぐらいの年で、一人でワインの大瓶を空けたものだ」
「はーいはい、自分と比べないようにねー」
真由美がまたしてもメニューで誠一の頭を叩いた。
「あの時の誠一は……」
「三好さんが俺にそう言ったでしょう」
「せーちゃん、またそんなこと言って……」
誠一、真由美、三好の話は、内容はよくわからなくても、誠一の喋っている姿を間近でみることができて、良子は幸せだった。軽い酔いも手伝って他の団員との話もはずみ、良子は「飲み会に来て良かった……」と思った。
ふと、良子は向かいの圭子が、何か考え込むようにテーブルの上を見つめているのに気づいた。
「……どうか、しましたか?」
良子が気になってきくと、圭子は「ん?」と顔をあげた。
「いや……まだ食べたりないから、何か注文しようかな、と思って」
今日の飲み会はコース料理で頼んでいるので、あとはデザートがきて終わりというところだった。
(それにしては穂積先輩、さっきから人一倍飲んだり食べたりしてるように見えたんですが……)
「ええやん、圭ちゃん。何か頼めば」
戸川に言われ、圭子は店員を呼んだ。
「ポテトの明太チーズ焼きと、ホタテバターと、あと梅酒サワー。あっと……揚げ出し豆腐も」
(穂積先輩、そんなに食べるつもりなの?)
圭子の大食家ぶりを知らない良子は、頭がくらくらしそうだったが、
(でもあれだけ食べるから、胸に栄養がいくのね……)
妙なことを納得する良子であった。
「すいません、あとビール」
「俺は、モスコミュールを」
ついでとばかりに誠一と三好も注文した。もっとも三好のほうはすでに出来上がっているので、真由美が「すみません、モスコミュールをやめてウーロン茶に」と訂正した。
良子はお手洗いに行くために席を外し、その帰りに離れた席にいた友達の席でデザートのシャーベットを食べた。友達は良子が誠一に憧れていることを知っている。
「ね、徳田先輩と話せた?」
友達にきかれ、良子は頷いた。
「うん、少し」
「もう30分もしたらお開きやし、もうちょっと頑張ってくる?」
「うん、もちろん」
元の席に戻ると、良子は誠一になんとか話し掛けようとタイミングを狙った。
「と、徳田先輩」
良子が声をかけると、誠一は良子の方を向いた。
「あ、あの、先輩のペット……素敵ですね」
そう言うと、誠一は真面目な顔で、
「俺は犬も猫も飼ってないよ」
と答えた。
(………………?)
「何言ってるのよ、徳田君!!」
圭子が誠一の背中を叩いた。
「そんなつまらないギャグで、お笑いのトップは取れないわよ!」
「俺がお笑いの世界でトップを狙うか! 狙うなら世界のトップに決まっている! 聞け、俺の華麗な演奏を」
誠一がトランペットを取り出そうとする前に、彼の行動を読んだ戸川が楽器ケースを取り上げていた。
「はーいはい、寝言は寝て言えってね」
真由美が三度、メニューで誠一の頭を叩いた。最初の二回よりもやや力がこもっている。
(と、徳田先輩……いつもと違う……)
良子が驚くのも無理はない。普段の誠一はクールな口調と態度を保ち、冗談など口にするようなタイプではない。だが良子が席を外している少しの間に、誠一は四杯ほどグラスを空にしていた。もし空のグラスが並んでいたら良子も誠一がどれだけ飲んだかわかっただろうが、店員は注文された飲み物を持ってくる際に空のグラスは下げるので実際何杯飲んだのかはすでにわからない状態だった。
妙に陽気になった誠一に、普段と違う標準語でからむ圭子。二人とも傍から見ると素面に見える。どのへんで酔い始めたのかわからないため、誰も止めることができなかったのだ。
「あーあ、二人とも酔っちゃって」
真由美がため息をついた。
「それにしても徳田、弱くなったんじゃないか? 今日はまだ9杯しか飲んでないってのに」
戸川の言葉に、真由美は頷いた。
「今日の飲み会は大騒ぎだったねぇ」
帰り道、友達と歩いている良子。考えるのは、誠一のことだ。
(徳田先輩、かなり酔ってたけど大丈夫かなぁ……)
「徳田先輩の意外な姿、見ちゃったねぇ。なんかイメージが壊れたんちゃう?」
友達にきかれ、良子は首をふった。
「え、そうなん?」
友達は驚いた。
「うん……なんか、もっと、先輩のいろんな姿を見たいって思った……」
良子の言葉に、友達は空をあおいだ。
「なんだ、そりゃ……」
本編と関係のないところで、一つの恋が少し成長していた。
その恋が実るのかは、誰も知らない……