Time Has Come
 
 
 
離れずに暖めて  15
 自分でいうのもなんだが、今日の僕はかなり機嫌がよかった。
 録音しておいた一昨日放送の深夜ラジオを昨日きいたのだが、その放送の中でDJが告げたビッグニュースは僕の好きなエアロスミスが映画の主題歌を歌うという話で、その映画は日本では年末公開予定らしい。
 その曲が、とてもよかった。どうしてハードロック歌手が歌うラブソングっていうのは、あんなに格好いいんだろう。いや、スティーブン・タイラーだからだろうか。テープを何回も巻き戻してきいた甲斐あって、歌のフレーズと歌詞もだいたいわかった。
 僕はその曲を録音したテープをバイト先に持っていって、店頭宣伝用のカセットデッキで聞きながら開店作業をしていた。ついつい口ずさんでいるときに鈴木さんがやってきて「朝からノリノリやなぁ」と笑われた。そんなノリのいい歌ではなかったんだが……。
 ともかく、今日の僕は機嫌がよかった。
 別に店が儲からなくても、他人事だ。
 それに今夜は久しぶりに高崎の家に泊まりにいくことになっている。どうしても今日、僕は外泊しなければならなかった。何があっても、今夜帰るつもりはない。
それというのも    母方の祖母が泊まりに来るからだ。
 その祖母は僕と紫の名づけの人でもあるが、僕はどうも苦手だった。仲が悪いわけではない。苦手なのだ。できれば会いたくなかったので、僕は高崎の家に逃げることにした。
 祖母といえば徳田の祖母も苦手だ。うちの祖母と似て高齢のわりにしっかりしているが、こちらは茶道の師範として現役という人で、一回生の頃高崎と徳田の家に遊びに行ったとき初めて会ったのだが、それも徳田の大学の友人が来ていると聞きつけてわざわざ部屋まで挨拶にきたのだ。
 小刻みにノックの音がしたかと思うと徳田の「どうぞ」と言う声と同時ぐらいにドアが開き、その人は入ってきた。まだおばさんが来るのならわかるが、突然のお祖母さんの登場に寝転がっていた高崎も驚いて飛び起きた。
呆然とする僕と高崎の前にきびきびとした動きで正座し、「誠一さんがいつもお世話になっております」と頭をさげて言われたとき、二人して「こちらこそ……」と返すのに精一杯だった。
 それに比べれば僕の祖母はまだのんびりしている。読書が好きで、最近の若手の小説家の作品も読む。恥ずかしいことに、文学工房の僕の小説も読まれてしまった。だから会いたくないというのもある。今日の昼にきて明日の夕方には帰るというから、まぁ今夜外泊して明日の朝にでも帰って、昼から夕方まで付き合ったら十分だろう。
 ちなみに今日泊まるという話は、親にはしていなかった。今朝バイトに来る前にテーブルの上に書置きを残してきただけだ。おそらく母は呆れていることだろう。
 にしても、高崎の家に行くとなると、なにかつくらないとなぁ……カレーを作るのはいいが、徳田も誘うことだし、酒を飲むとなったら食べ物がカレーっていうのはなぁ……何をつくるか。
 僕が夕食の献立について考えていると、
「佳月く……あ、マネージャー、ご指名です」
 鈴木さんが笑いを含んだ声で僕を呼んだ。
 ……ご指名ってなんだよ。ここはクラブかバーかい。さしずめ僕はホストか。いつからレジは指名制になったんだ。
 僕はカウンターに行き……すぐさまきびすを返した。
「なによー、たった一人の妹に対して、よくそんな冷たい態度とれるね」
 紫が叫んだ。
 なんだって、こいつが朝から来るんだ。休みの日は昼まで寝ているやつなのに。 今日の紫は、珍しくスカートとブラウスを身に付けていた。これからデートなのかもしれない。こいつでもデートの時はかわいい格好をしようという女心が働くのか。驚きだ。
「鈴木さん、お客さんの用事以外で俺を呼ばないように」
 僕が言うと、鈴木さんは肩をすくめた。
「でも、彼女もお客さんやって」
 紫はこくこくと頷いた。
「そうそう。兄貴、客に対して、れーぎがなってないよ」
「客だと言うなら、兄と呼ぶな」
 そう言うと、紫は肩をすくめた。やれやれと言った顔つきだった。
「まぁいいや。お兄様、おごってください」
「やだね」
 僕は即答した。後ろで鈴木さんが声を抑えて笑っている。
「なんで俺がおごらなきゃならないんだ」
「理由ならあるよ」
 紫は口元に笑いをうかべ微かに頭をかしげて、自信ありげな態度を見せた。腰に手をあてて、どこか芝居がかったポーズをとる。
「先月だったか、兄貴が持っていった映画の券、私だって欲しかったのにさ。知らない間に兄貴が持ってっちゃってるし。稼ぎの少ない妹が自腹きって映画観に行ったんだよ。私より稼いでる兄はタダで観てんのにさ。悪いと思わないの? 思わないわけないよね。思ったよね。思ったならおごって」
 随分と強引な展開にもっていくもんだ。こいつの果てしなくマイペースな性格に、彼氏は苦労してないんだろうか。少し同情する……。
 まぁ勝手に持っていったのは確かだし、たまには一食ぐらいおごってやろう。
「しょうがないな、何を食べるんだ」
 レジに扱い登録をして、紫に注文をきいてやる。
「んー、リブサンドセット。飲み物はアイスティー。ミルクね」
 ……一番高いセット頼みやがって。
「で、それをLLセットにして」
 ……まぁ50円ぐらいは足してやろう。
「それとチキンを一つ」
 ……まだ食うのか。
「後、隣のアイスをダブルで」 
 ………………。
 僕はレジに入力する手を止めた。
 穂積さんの大食いは止めにくいが、実の妹に対しては遠慮はいらない。
「食いすぎなんだよ。アイスはやめろ」
「えー、いいじゃない。デザート欲しい」
「……じゃあLLセットはやめなさい」
「えー、ポテトたくさん食べたい」
 …………こいつ。
「太ってふられても知らんぞ」
 僕が言うと、紫は軽く舌を出した。
「振られるわけないじゃん。私を誰だと思ってんの? 佳月紫だよ」
 だからなんだ。その自信はなんなんだ。
 僕もいつまでも喋っているわけにはいかないので、とりあえずLLセットはやめさせ、アイスはシングルで手をうった。
「じゃ、いただきまーす」
 紫は商品の乗ったトレイを手に、禁煙側のフロアへ行った。
 僕は自分の財布から金を出し、鈴木さんに精算してもらった。
「妹、可愛いやん」
「生意気だよ」
「でも仲良さそうやん」
「まぁね」
 悪くはない。
 そうは言っても、僕が紫のことを妹だという認識をもって接するようになったのは、小学校の二、三年の頃からだったと思う。それまであいつは、僕にとってはお荷物のような存在だった。共働きの両親のせいで、僕は紫を幼稚園まで迎えに行ったり一緒に親が帰ってくるまで留守番したりと、遊びたい盛りの年頃だった僕にすれば厄介な妹だった。
 紫はそんな僕の気持ちをうすうすと感じとっていたらしい。同じように4つ年下の妹を持つ友達が、ある時僕に言った。
「自分、妹と仲悪いんか」
「どうして」
「佳月の妹、うちの妹に言ってたで。『うちのお兄ちゃんは、あたしのこと嫌ってるみたい』やって」 それを聞いたとき、言いようのないショックを受けたのを覚えている。
 家では僕の後についてまわり、「お兄ちゃんお兄ちゃん」とうるさいのに、僕が紫をうとましく思っていることに気づいていたというのだ。僕はそんなに冷たい兄だったんだろうか。
 ショックとともに反省した僕は、それから態度を改めた。
 人形遊びにも付き合い、壊されると困ると思って紫には見せなかったおもちゃでも遊ばせたし、近所の池に釣りに行くときも連れて行き、自転車の練習にも付き合ってやった。
そのせいか紫は小学3年を過ぎた頃から僕の真似をしだして、まるで弟のようになってしまった時期があった。言葉遣いも服装も髪型もなんでも真似したがって、人に会うたび「佳月君の弟?」と言われるぐらいだった。高崎も愛子も最初紫を見たとき驚いていたし。
 しかし……紫が少しがさつな女の子になってしまったのは、男みたいに振舞っていた後遺症なんだろうか。兄としては将来が少し心配だ。口は悪いし……僕は紫の前で乱暴な口のきき方なんてした覚えないのになぁ。僕の真似をして、どうしてああなったのか不思議だ。
 一度真剣に、紫の彼氏という男に会ってみたい。会ってぜひきいてみたい。あいつのどこに惚れたのか。いや、案外紫の方が惚れて、強引なアプローチで攻め落としたという可能性もある。どちらかというと、後者の方がしっくりくるな。
 にしても、どんな男だろう。タイプ的にいうと、高崎みたいな明るい奴か、はたまた徳田タイプの知的派か。イマイチ想像がつかないな……。
 僕がとりとめもなくそんなことを考えながら作業をしていると、
「佳月君!」
 鈴木さんがフロアから帰ってくるなり、厨房側に走ってきた。彼女の尋常でない慌てように、僕は何事かと手を止めた。
「どうかした?」
 フロアで何か起きたのだろうか。
 鈴木さんはフロアの方を指差して言った。
「禁煙側のフロアに座ってる背の高い髪ショートの女の子って、佳月君の妹だったよね。間違いないよね」
「……そうだけど、何か?」
 なんなんだ? まさかフロアで倒れたとか。
「なんか……どうも、ナンパされてる」
 …………は?
 僕はとりあえずバーガーが冷める前にラッピングまで終えると、カウンターの方に回ってフロアを見た。
 確かに紫が座っているテーブルの向かい側に、誰か男が座って紫に話し掛けていた。紫は明らかに迷惑そうな顔をしていたが……って、あの男は……。
「ま……前倉?」
 僕はつぶやいた。間違いない。前倉だ。あいつこんなとこで何をしてんだ。
 俺の妹に手を出そうとは……いい度胸してる。
「ちょっと行ってくる」
 僕はキャップを外してフロアに出た。
 近くまで寄ると、二人の会話が聞こえてきた。
「……今日ヒマなら、買い物とか、どう?」
「だーかーらー、そんな無駄な時間は持ち合わせてないってば。早く消えて、メシがまずくなる」
 ……ほんとに、我が妹ながら口悪いよな。紫式部から名づけられたとはとても思えない。
 やれやれ。
 僕は後ろから前倉の肩を叩いた。
「お客様、恐れ入りますが、当店内でのナンパ行為はお断りさせていただいております」
 前倉はぎょっとしたように振り向き、僕の顔を見てさらに驚いたようだった。
「なんや、佳月……なんでお前が」
「見たらわかるだろうが。俺はここの店員だよ」
 前倉は僕の格好を見て納得したらしい。
「そうか、ファーストフードでバイトしてるって言っとったな」
 僕は前倉の腕を引っ張って紫から引き離したが、前倉は僕の手を強引に振り払った。
「邪魔すんなよ。せっかく見つけた珍しいタイプの子なんだから」
「どこらへんが珍しいんだよ」
 僕が言うと、前倉は腕組みをしていった。
「一見お嬢様ふうに見える美貌とは裏腹に、口を開けば飛び出す意気のいい言葉……滅多におれへんぞ、あんな子。あれはぜひお知りあいになりたい」
 …………馬鹿じゃねぇの? 
 僕はそういいたかったが、思い直して口をつぐんだ。
 ちょうどいいや、こいつをからかってやろう。
「じゃ、俺がうまく言ってとりなしてやろうか」
「本当か?」
 疑うように言った前倉に、僕は自信たっぷりに答えた。
「まぁ、まかせろよ」
 なんたって妹だし。
 僕は紫のところへ行った。
「お兄ちゃん……なに、あの人! 早くどっか追い出してよ。視界から追い出して。もう鬱陶しいったら」
 紫は言った。かなりイライラしているようだ。眉間に皺をよせて、ストローに口をつける。
「あいつ、俺と同じゼミの奴なんだよ」
 僕が言うと、紫は口元を手で押さえた。離れて立っている前倉の方を見る。
「あの人、お兄ちゃんの知り合いなの?」
「そう、知り合い」
 紫は僕が前倉を「友達」でなく「知り合い」と使い分けたのを察したらしい。
「……挨拶した方がいい?」
 唇を笑いにつりあげてそう言ったので、僕は頷いた。
「そうだな、挨拶してやってくれ」
 僕は前倉を手招きすると、彼は嬉しそうな顔をしてやってきた。
 僕が視線で促すと、紫は立ち上がり、前倉の方を向いて頭をさげた。
「さきほどは失礼しました。いつも兄がお世話になってます、妹の紫です」
 紫は立ち上がると、さっきまでとうってかわったにこやかな笑みをうかべ、まるで良家の子女のように優雅な礼をした。
 それを聞いたときの前倉の顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような、という形容に相応しいほどの驚きようだった。
「い……妹?」
 彼はやっとそれだけの言葉を口にした。
「はい、佳月紫です」
 紫は笑いを崩さず名乗った。
「よく似てるだろ?」
「………………」
 僕はそう言ってやったが、前倉は言葉もなくぽかんとしたままだった。
「こいつ、お前のこと滅多にいない可愛い子だって言ってたぞ」 
 僕が言うと、紫はことさらわざとらしくにっこりした。
「そうなんですか? やだぁ。よく言われるんですけど、ふふふ」
 まったくいい性格してるよな、紫も。
「……俺、急用思い出したし、じゃあな」
 前倉はそそくさと立ち去っていった。
 あいつ、紫を見かけただけで店に入ってきたのか。ほんとに救いようのない……。
「なーんだ、つまんない。もっとからかってやろうと思ったのに」
 紫は椅子に座った。
「いいけど、もう少し相手見てものを言えよ。もしもっとタチの悪い奴だったら大変だろ」
 そう言うと、紫は頭を傾けて僕を見上げた。
「わかってるよ。でもこの店だったらお兄ちゃんいるし、いざとなったら助けてくれると思ったから……ね?」
 ……………………。
 僕は紫の頭を軽く叩いた。
「ばーか、甘えんな」
「えー、いいじゃん。妹なんだからー」
 ぶつぶつ言う紫を放って、僕は厨房に戻った。
「妹さん、大丈夫やった?」
 僕の代わりに厨房の管理をしていてくれたらしい鈴木さんが、ケチャプの缶を開けながら聞いてきた。
「あ、うん。ありがとう。後はやるから」
「あ、お願いね」
僕はケチャップの補充を済ませ、缶をつぶした。
 やれやれ、せっかく朝から上機嫌だったのに、横槍が入ったな。
 しばらくして、また紫がカウンターに来た。
「あーにーきー、ご馳走様―」
 ……叫ぶなっての。
 僕はカウンターに出て、紫に言った。
「今度、場所はどこででもいいから、お前の彼氏に会わせてくれ」
 そういうと、紫はふふんと笑った。
「あら、妹の彼がどんな奴か、興味があるの?」
「ああ、お前みたいなじゃじゃ馬と付き合おうって物好きの顔が見たい」
 僕の言葉に、紫は頬をふくらませた。
「なによ、見たかったらこっちの店に来たらいいじゃん。夏休みの間は大体入ってるよ」
「コーヒーの一杯位はおごってくれるのか」
「来たらね」
 紫はにこっと笑うと、付け加えた。
「ぜひ、可愛い彼女とおいでください」
 ……嫌味な奴だ。
 紫が言ってしまうと、鈴木さんがやってきて僕に言った。
「佳月君、やっぱ前に店に来た人、彼女やったん?」
 ……言われると思った。 
 
 
 僕はバイトを終えると、ワインでも買おうと百貨店に行った。
 一応家からナポレオンなんぞを持ってきているが……これは高崎には飲ませないようにしよう。なにせアルコール度40だしな。僕と徳田で飲むことにして……なにか、軽くワインでも見立てよう。
 僕は自分じゃ買ったことがないので、名前も産地も何がいいのかよくわからなかった。どちらかというと赤が好きだが。徳田ならどこのがいい味だとか知っているのかもしれないが……まぁなんでもいいか。味がわからないなら、見た目でいこう。
 僕は適当に選んで一本だけ買った。
 買い物を済ますと、僕は電車にのって高崎の家に向かった。
 彼は4時から9時までバイトだということで、僕を出迎えてくれたあと、すぐにバイトに行く時間になった。
「悪いな。せっかくきてくれてんのに、ちょっと待っててもらわんとあかんわ」
「ゆっくり夕食つくってるよ。徳田も9時ごろに来れるとか言ってたから、それまでにいろいろ作るさ」
「頼むわ。ほれ、鍵」
 高崎は僕に鍵を渡すと、自転車でバイト先に向かっていった。
 僕はしばらくのんびりとそこらにあったバイクの雑誌を読んでいたが、料理を作るなら早い目の方がいいと思われたので、さっそく着手することにした。
 僕は高崎の家の冷蔵庫をあけ、使える材料があるか調べた。
 にんじんは、ある。たまねぎは……たりない。ジャガイモはあるにはあるが、芽が出てるのばかりだな……足りるかな。まぁいいや。ジャガイモも買って、あと肉だが……鳥でいいか。牛肉は高いし。
 僕は紙に必要なものを書き込んだ。
 忘れないうちに、買ってきたワインも冷蔵庫に入れて冷やしておこう。
 冷凍庫もチェックしておくか。あいつ何を冷凍してるんだろう。コロッケ、ピザ……これは……パンか。いつ冷凍したのかパックに日付を書いているところが律儀だ。
 僕は高崎の家から徒歩20分ぐらいのところにある100円ショップに出かけた。自転車があればよかったが、さすがに高崎は1台しか自転車を持っていない。
この100円ショップは野菜や肉も売っているから便利だ。いつ来てもにぎわっている。
 僕は必要な野菜を買い、ついでにお菓子も買い込んだ。100円ショップに来るとつい無駄遣いしてしまう……わりと、チョコが好きだったりするんだよな、俺。
 両手に買い物袋をさげて歩いていると、なんか生活感漂ってる気がする。前にスーツを着ていて相本さんに「疲れたサラリーマン」と言われたが、買い物袋両手に持ってるからって、主夫と間違われることはないよな。
 僕は高崎の家に戻ると、さっそくカレー作りにとりかかった。
 鍋にたくさん作れという要望だったが……やっぱ、たいした大きさの鍋じゃないな。
 僕はたまねぎを3個、にんじんを3本、ジャガイモを5個の皮をむいた。僕は個人的には、野菜はごろごろしているほうが好きなので、大きめに切る。
 たまねぎを茶色になるまで炒め(ここがポイント)、肉はカレー粉をふってこげめをつけ、たまねぎとともに鍋に入れ、水を加え、にんじんもいためて入れ……にんじんがやわらかくなったら、ジャガイモを入れる。
 とりあえず、野菜が柔らかくなるまで放っておくか。
 僕はヒマになったので、何かビデオでも見ようと思い、テープの山を漁った。
 これは観た事がある、これは興味ない、うーん……あ、「ショーシャンクの空に」。これがいいかな。
 僕はテープを箱から出した。名作だときいたことはあるが、一度も観たことがなかったな。とりあえずどんなものか観てみよう。つまらなければ切ればいいし。
 僕はテープをセットして、再生した。どうせすぐには始まらないと思い、鍋の様子を見に台所へ行った。
 お、大丈夫、吹きこぼれてもないな。
 僕は火を弱め、またテレビの前に戻った。
 どうやら映画は始まったようだが……なんか、おかしいな。どうもテレビに映っているのは日本家屋のような気がする。
 僕はリモコンを手にして、早送りのボタンを押した。
 しばらくして、着物を着た女性が出てきた。
 ……これはどうも違うよな。「ショーシャンクの空に」って、刑務所が舞台で……出だしはどんなものか知らないが、アメリカが舞台のはずだろう。日本家屋に着物というのはおかしい。
 この後に入っているのかな。前に録画したのが中途半端に残っているのはよくあることだし。
 しばらく早送りをしていたが……僕はやっとそのテープの中身がなんなのか、わかった。アダルトビデオ……おいおい、高崎の奴、題名と中身が一致してないって。
 僕は早送りのまま中身を見た。
 最初に出てきた着物の女性がどういう理由か悪人に引き取られ、関係を強要されるという経過になる、そんなところか。オリジナル性のカケラもないストーリーだな。さしずめ、借金のカタにされて、身売りを強要されるって筋書きだろう。センスのかけらもない……。
 僕は停止ボタンを押し、巻き戻した。時間の無駄だ。
 そうなると、他のテープも表記と違う内容の可能性が出てきたな。別に高崎がどんなビデオを見ようと気にはしないが、あまり知ってしまうのも怖い。ビデオはやめておいた方がいいかも。
 それでは……どうやってヒマをつぶしましょうかね。
 ゲームボーイでも持ってきたらよかったな。あ、高崎もプレステを持っていたはずだ。よし、ゲームしよう、ゲーム。
  僕はテレビの下の引き出しに入っていたプレステの本体を出した。ゲームは何があるんだ……ファイナルファンタジー……ドラクエ……これは時間がかかる。高崎ってRPG好きかよ。なんだ、格闘はないのか。えーと……ぷよぷよ……この際仕方ない。
 僕はぷよぷよすることにした。なんにせよ、時間が潰せればいいや。
かなり懐かしい気のするゲームを始める。記録されている高崎の最高記録を全部塗り変えてやろう。名前……「KADUKI」じゃ文字数が入らないな。「T・K」でいいや。なんか小室哲哉のイニシャルみたいだけど。
 しばらく遊んでいると……。
 ピンポーン。
僕はドアの方を振り返った。 
 徳田……のはずはないな。早すぎる。新聞の勧誘か、セールスか、はたまた……。
 僕はそっと外を見た。ドアの前には一人の女の子が、厚みのある紙袋を抱くようにして持って立っていた。
 ……もしかして、高崎のことが好きな女の子が、勇気を出して告白しにきた、とかいうことではないよな。ここで無視しておいていいんだろうか。居留守で帰していいのかなぁ……。
 迷ったが、別に面倒なことにはならないだろうと判断し、僕はドアを開けた。
「あ」
 ドアの外にいた子は顔をあげたが、僕の顔を見た瞬間「え?」という表情を見せ、表札と僕を交互に見た。
「高崎に用事? 彼は留守だよ」
 僕は端的に伝えた。
「あ、そう、そうですか」
 彼女は内気らしくためらいがちに、それでもはっきりとした声で言った。
 彼女の背はそれほど高くなく、おそらく155センチぐらいと見た。髪をおさげにしてどこか幼げな雰囲気だが、格好からして大学生のようだ。
「もう少ししたら、帰ってくるよ。って言っても、9時ぐらいかな。何か伝言があれば」
「あ、高崎君のお友達ですか……」
 彼女は僕の言葉を遮るように言った。
「え、あぁ、そうだけど」
 僕がそう答えると、妙に嬉しそうな顔をして彼女は僕を見上げた。
「あ、あのっ、写真のモデルになって下さいっ」
 え?
「えっと、私O…大の写真学科の二回生なんですけどっ」  
 しばらく話をしたところで、前に高崎が言っていた彼をモデルに起用している「写真学科の学生」というのが彼女だとわかった。今日やって来たのも、この前撮った写真を高崎に見せるためらしい。
「高崎君には、たまにモデルになってもらうんですよ」
 彼女   伊藤ともかさん   に、高崎をモデルにした写真を見せてもらった。
「授業で『日用品や飲食品の好きなものを一つ取り上げて、宣伝のためのポスターをつくる』って課題があったんで、そのモデルとして彼に協力してもらったんですよ」
 高崎がコーラの缶とともにいろいろなポーズで撮った写真が、その数30枚あまりもあった。
「コーラともう一つ候補であったのが、洗剤なんですけどね」
 高崎が洗濯している写真がある。これは……なんか滑稽だな。
 しかし高崎もモデルになりきっているようで、いつもの彼とはまったく違う人のようだった。カメラを向けられても、照れ笑いではなくちゃんとモデルの顔をしている。高崎って、こんな顔もするんだな。
「いいね、写真も。なんか見ていてすごく面白い」
「あの……それで、よかったら……今度、高崎君と一緒にモデルになってほしいんですけど」
「え」
 あぁ、さっきモデルになってくれと言ってたな。
「今度の提出作品、好きな小説の一場面にしようと思ってるんですけど、男性が二人必要なんですよね。よ、よかったら、お願いします」
「へぇ、どういう内容の小説?」
 興味をそそられて聞くと、彼女はぼそっと「ボーイズラブです」と答えた。
 ………………僕と高崎に絡めってか。
「うーん……俺はモデルとかそういうの、得意じゃないから」
「そう、ですか……残念ですけど、仕方ないですね」
 彼女は「お邪魔しました」と頭をさげて、帰って行った。
 僕はカレーの様子を見た。野菜がやわらかくなったのでカレーの味付けをして、ご飯をセットして、後は……徳田がワインを飲みながら食べられるようなものを適当にしたごしらえまで済ませた。
 で、ここまですると、後は何をするかな。
 高崎の部屋を見回して、僕は何か時間つぶしになりそうなことを考えた。
 ……掃除でもするか。
 僕は掃除機を持ち出してきて、掃除機をかけまくってやった。エアコンのフィルターもついでとばかりに掃除機をかける。
 次に台所に移り、スポンジと洗剤でステンレスを磨き上げ、換気扇も洗った。
 掃除を済ませると、僕は勝手に風呂を借りてシャワーを浴びた。
 さっぱりしたところで、エアコンをつける。そろそろ高崎も帰ってくる頃だし、部屋が涼しいほうがいいだろう。
 この時間だったら、何かマシな番組やってるかな。
 僕はテレビをつけた。最初に見たチャンネルではドラマをやっていたが、一度も見たことがないのでまったく流れがわからない。次々と他の番組に変えている時に、高崎が帰ってきた。
「よう、お帰り」
 僕が声をかけると、高崎は返事をせず、台所に行って「うわー」と声をあげた。
「うまそうなカレーやなぁ。俺腹減ったわ。早く食おう」
 帰るなり、せっかちな奴だ……。
「ご飯、炊けたか?」
「あと10分ぐらいやな」
 高崎は鞄を放り出し、うちわでぱたぱたと扇いだ。
「あー暑かった」
 僕は冷蔵庫からお茶を出し、コップと皿をそろえた。この辺は勝手知ったる高崎の家なので、どこに何があるかもうわかっている。泊めてもらうときは、僕がたいてい食事の支度をしているせいもある。
「徳田は何時にくるって言ってたっけ」
「サークル終わって、寄り道してから来るから……10時ぐらいって言ってた」
 ……そういや、今日の店での出来事、まだ高崎に言ってなかったな。
「そういや、今日店で面白いことがあった」
 僕がそういうと、高崎はうちわで扇ぐ手を止めずにこっちを向いた。
「なに?」
「紫が店に食べに来たんだが……前倉が来て、紫をナンパしてた」
「なんや、そりゃ」
 高崎は吹き出した。
「あいつ、紫ちゃんナンパしたんか。で?」
 僕はその後の経過を説明すると、高崎はうちわでテーブルをたたいて大笑いした。
「ほんと、節操ないな。サークルの旅行だって、交流より口説く機会づくりって噂やしな」
「そういや、サークルの旅行だとかいうのはどうなったんだ?」
「あ、あれ? なくなりました」
 高崎はにんまり笑った。
「まぁ、いろいろあってな。おかげでその金を家に帰る旅費に当てられるよ」
 そっか、9月に実家に帰るって言ってたしな。
「そろそろご飯炊けたんちゃうかな?」
 僕が台所に確認しにいくと、確かにご飯は炊けていた。
「あ、俺自分でよそうわ」
 高崎は皿に山盛りにカレーをよそった。
 ……一度にそんなに入れなくてもいいのに。
「あ、そうだ。この前、店に三田さんが来たんだ」
「おぉ、三田が。あいつなんか結婚するとか言うとったけど」
 高崎はコップにお茶を注ぎながら言った。
「子供連れてた」
「あ、じゃあもう結婚してんな。いやぁ、こっちはまだ学生してんのに、妙な感じやな」
 まったくだ。
「今、みんなばらばらやしなぁ……」
 彼がしみじみとつぶやいたので、僕も懐かしい思いになった。
 しばらく高校時代の話をしていたが、
「……そういや、佳月」
 高崎がぽつりと言った。
「なんだよ」
「いや、もう時効やろうから、思い出話ついでに言っておこうと思って」
 ??
「おまえさぁ……川村が高山のこと好きだったの、知ってた?」
「はあ?」
 僕は思わず叫んだ。手にしていたスプーンを落としかける。
「川村が?」
「そう、奴。あいつ高山と同じ中学やったけど、その頃から片思いやってんて」
 ………………………。
「知らなかった」
 僕の答えに、高崎は肩をすくめた。
「やろうなぁとは思っててん……川村って全然そういうとこ見せへんかったしな」
「で、なんで高崎が知ってたんだよ」
「本人に聞いてん……いつやったかなぁ。そうそう、お前らが付き合い始めた後ぐらいやったかな……」
 本人に聞いたんなら、ウソじゃないな……。
 僕は知られざる過去に声もなかった。
「でも川村はさ、高山のことは諦めてたって言ってたし、わかっててんやろうなぁ……高山の気持ち」
「……川村は一言も俺にそんなこと言ってなかったぞ」
「言うわけないやろ、やっぱ。関係がぎくしゃくすんのも嫌やろうしさ」
「そう、か……」
 知ってしまうと、複雑な気分だった。
 でも愛子とのキスを仕掛けたのって、川村自身だってのに……そうか、あのとき高崎があまり会話にのってこなかったのは、川村のことがあったせいか。
 うーん、思い返せばいろいろと……。
 まぁ愛子がわりともててるのは知ってたけど……仲間内にいたとはなぁ……。
 じゃああの遊園地に行ったときやら、川に行ったときとか……。
 考えながら黙々食べていると、
「おいおい、深く考えんなよ。終わったことやん」
 高崎が言った。
「佳月はいらんとこで考えすぎる方やしな」
 でもなぁ……。
「川村って、今何してるんだ?」
 僕が聞くと、高崎は首をかしげた。
「どこやったかなぁ……名古屋だったか?」
 彼もよく知らないらしい。
 高崎は更にカレーのお代わりをしたが、またしても山盛り入れていた。働いた後だから、腹が減っていたのだろう。僕の方はと言えば、作っている間に食欲がなくなってくる方なので、一杯だけで止めておいた。どうせ徳田が来たら飲むことになるし。
「なんか面白い番組はないんかな」
 高崎がチャンネルを次々に変える。タイミング悪く、大体がCMだった。
「あ、そうだ。お前さぁ……別にどんなビデオ見ようと構わないけど、ラベルと中身は一致させろよ」
 僕は高崎に言った。高崎はきょとんとした顔で僕を見た。
「ビデオ? 俺はだいたいちゃんと書いてるで。なんか見たんか」
 とぼけた様子もなく、本気で言っているらしい。
「……じゃあその『ショーシャンクの空に』はなんなんだよ」
 僕がそう言うと、高崎は笑い出した。
「ああこれか! これサークルの奴に借りてんけど、たぶん貸してくれた奴も中身が違うのに気づかんかってんやろうな……めっちゃおもんなかったやろ」
 ……最後まで見たんかい。
「これやったら、昔徳田と三人で見に行ったホモの映画の方が面白かったよな」
「あぁ、梅田ローズの映画か」
 二回生の時履修していた映像論という授業の先生が、梅田にある同性愛の映画館『梅田ローズ』に映画を観に行って感想文を提出したら、後授業に出なくても優をくれると言ったので、僕らは三人で行ったのだ。
 今思えば、かなり度胸があったと思う。同性愛者が集まる場所へ乗り込んだわけだから。
 狭い映画館だった。教室の半分ほどの広さしかなく、椅子も少なく、スクリーンまでの距離も近かった。
 また映画の内容が……起承転結もあったもんじゃない、かなりめちゃくちゃだった。この手の映画がストーリーよりもそういうシーンに重点をおいているというのがよくわかった。
 玄関のチャイムが鳴った。
「お、徳田やな」
 高崎が立ち上がり、玄関へ行った。ほどなくして、高崎の後から徳田がやってきた。
「よう、お疲れ」
「あぁ」
 徳田は手にしていた鞄を置き、テーブルの脇に座った。
 夏休みに入ってから会うのは初めてだった。少しだけ日焼けしたように見える。サークルで学校に通っている間に焼けたんだろう。
 僕は徳田の分の食事の支度をした。その間に高崎は冷蔵庫から僕が買ってきたワインを出し、人数分のグラスをそろえた。ワインに相応しいとは言えないグラスだったが、そこは仕方ない。
 ボトルの栓はキャップ式だったので、難なく開けられた。ほどよく冷えたワインをグラスに注ぐ。
「じゃ、まぁとりあえず、乾杯しますか」
 僕らはグラスを掲げた。それぞれ「乾杯」と口にする。
「今日のワインはなんだ?」
 徳田がグラスを透かすように眺めた。
「お客様のお口に召すかはわかりませんが」
 僕はボトルに張られたラベルを読み上げた。
「えーと……トロヴァ……ドール? かな」
 読み方を間違えたかもしれないので、一応徳田にボトルを見せてやる。
「あぁ、TROVADORか、悪くはないな。少し甘い感じもするが」
 徳田はグラスに口をつけた。
「酒もいいが腹も減ってるし、佳月の料理をいただこうか」
 テーブルに所狭しと並べられた皿には、ナスとほうれん草のグラタン風(トマトをつぶしてソースにして野菜にかけ、チーズを散らしてトースターで焼いたもの)、シチュー風のスープにパスタを入れたもの、あと冷凍庫にあったパンを焼いたものと、ワインを飲むにはまぁまぁのメニューといえた。
「俺もちょっともらうわ」
 高崎はさっきカレーを食べたくせに、徳田の分を横から箸でつまんでいた。
「練習ははかどっているのか?」  
 徳田は頷いた。
「三好さんが……あぁ、前団長も学祭に来るということで、この前の飲み会でみんなを叱咤激励してくれたからな。今のところは、順調に進んでいる」
 そりゃあよかった。
「大変やなぁ、休み中も学校か」
「通うのは構わないんだがな。ただ往復のバスがほとんどないから不便だ」
 確かにな。歩いていくには、ちょっと遠すぎる。
 僕はワインを口にした。ビールもいいが、僕はワインの方が好きだ。同じ種類を何度も飲むことはあまりせずに、違う種類を試すのは楽しい。百貨店のワイン売り場で説明書きを読むのがわりと好きだったりする。
「こうしていると、やっと休みらしい気分だな」  
 徳田がそう言うと、高崎が頷いた。
「たまにはええやろ。またそのうち、三人でどっか行けたらいいんやけど」
「白浜か?」
「一回行けばもう十分だろう」
 少ししてから、高崎が席を立った。狭い    言うなれば広くない部屋に男が三人もいるうえに締め切って冷房をかけているから、トイレに行くのも大変だった。出入り口の傍に座っていた徳田が移動して高崎を通してやる。
「ご馳走様」
 徳田は食事を終えたらしい。丁寧に手を合わせて言った。
「あぁ、足りたか? 足りなきゃカレーがあるけど」
「十分だ。美味かったよ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
 そう言っている間に、高崎が戻ってきた。
 彼は徳田の脇を通り抜けようとしたとき、足がもつれたのかふらりと徳田の方に倒れかかった。「うわお」
「危ないっ」
 徳田は手をのばして高崎を支えようとしたが、座っている姿勢なものだから高崎を支えきれず、二人は床に転がった。どちらかがどこかにぶつかったらしく、ゴンという音もきこえた。うめき声からして、どうやらぶつかったのは徳田らしい。気の毒なことだ。
「おいおい、大丈夫か」
 僕は徳田の上に倒れている高崎の腕を引っ張って起こしてやった。
「いやあ、悪い悪い」
 高崎が悪びれた様子もなく言うと、徳田の方は憮然とした表情で「まったく……」とつぶやきながら起き上がった。
「もう少しで徳田とキスをしてしまうところだった。ははははは……」
 そう言ってから笑いが止まらなくなったらしく、高崎はお腹をおさえて一人で笑い転げていた。僕と徳田はとりあえずそんな彼を放って、ワインのグラスを空けた。やはり少し甘い。徳田も「ちょっと甘いな」と言った。
「そうや」
 高崎はむくりと起き上がり、妙に真剣な顔をして徳田を見た。
「徳田はキスしたことあるんか?」
 またストレートに聞くなぁ。
徳田は……まだしたことないと思ったが。
 僕がそう思った隣で、徳田の方はグラスを掲げて余裕の表情で「ドイツじゃキスなんて挨拶だ」とうそぶいた。
「あぁそうか、さすが徳田」
 高崎はうんうんと頷いたが、酔っているせいか適当に流されたということに気づいてないようだ。
「ま、佳月君なんて、その点は早熟でしたからね」
 高崎にいきなり話を振られて、ワインが気管に入って僕は激しく咳き込んだ。
「なんだ、小学生の時か? そりゃあ早熟だな」
 徳田が言った。
「ち、ちが……ごほっ……そんな……ごほっ」
「幼稚園とかでもすごいよな」
「あのなぁ……」
 ようやく咳をおさめて僕はお茶を飲んだ。
 ……あぁ、苦しかった。
「高校の時だよ」
 埒があかないので、僕は正直に言った。徳田をごまかそうとしても、高崎は知ってることだからどうせバレる話だ。
「ふうん、じゃ、別に早くもないな。最近の中学生だってもっとすごいから」
 徳田はそう言って、ワインをグラスに注ぎ足した。甘いとは言いながら、嫌いな味ではないらしい。
「でも、今は独りなんだな」
「まあね」
 僕が答えると、高崎が「いや、でも」と口をはさんだ。
「俺らが知らんだけで、実は陰でいろいろあったんかも知れへんで? なあ」
「……」
 まあ確かに、美緒さんとのことは高崎は知らない。彼からの電話がなければ、僕は彼女と一線を超えてしまったかもしれない状況だったわけだが。現在澁谷先生になにやら言い寄られていることも、ちょっと言えない話だ。
 ぼんやりと考えていて、ふと顔をあげると、高崎と徳田がまじまじと僕の方を見ているのに気づいた。
「……なんだよ」
「いや、佳月、まさか……」
「その様子だと、心当たりはあり、か?」
 え?
「心当たり? なんの?」 
 聞き返してから、話の流れを思い出した。
「え、いや、ないよ。そんな」
「うそつけ、その態度、絶対あるあるあるっ」
 高崎が叫ぶと、
「佳月、俺達は友達だよな。隠し事なんて水臭い」
 徳田がぽん、と僕の肩を叩いた。
「なんだよ、ないって」
 僕は徳田の手を払った。
 ……そうだ、僕にも反撃のネタがあった。
 僕は高崎の方を向いた。
「高崎、お前こそ女子高生はどうしたんだよ」
 そう言うと、高崎は「うっ」と声をあげた。
「まだ覚えとったんか……」
「忘れるもなにも、たかだか2年前の話だろうが」
「なんだ、女子高生って」
 徳田がきいてきたので、
「高崎は一回の時、女子高生と付き合ってたんだ」
 と僕は説明してやった。
「ほう、それはそれは」
 僕は急におとなしくなった高崎の肩を叩いた。
「ちょうどいいや、この際お前の話もきかせてくれ」
「……ってもなぁ」
 高崎はぶつぶつ言いながら、髪をいじった。
「あれは終わるの早かったわ。2ヶ月で終わった。いや、2ヶ月もったんが不思議やったんかな」
「いつだったか? 夏の花火は一緒に見に行ったとか言ってなかったか?」
「それはちゃうわ。一緒に見に行ったんはバイト先の後輩二人とで、俺は口実に使われただけやってん」
「口実?」
「後輩でな、本命の女の子を誘いたがってる奴がおって、俺と後輩と本命の子で花火行くって話で、俺は途中で帰って二人きりにしてやるという筋書きで」
「で、結局その二人は」
 徳田が聞くと、高崎は肩をすくめて「あかんかった」と答えた。
 すべての恋がうまくいくと言うわけではないってことだ。
「で、女子高生は」
 徳田が先を促すと、
「あぁ、バイト先のコンビニにたまにきてた女子高生に付き合ってほしいって言われて、一回の……何月だったかな、9月か10月やったかなぁ……付き合い始めて」
 高崎はふーっとため息をついた。
「いわゆるあれか? コギャルだったのか」
「そういうタイプでも……なかったよな」
 僕はプリクラを見たから知っているが。
「外見は別に、可愛い子やったけどなぁ……中身が、な」
 高崎は再びため息をついた。
「なんだよ、もったいつけて」
「性格が悪かったのか」
 僕と徳田が言うと、高崎は思い返すように天井を見上げた。
「一番最初が『指輪買って』やった」
 ……?
「友達は彼氏に誕生石の指輪買ってもらったとか言って『私もほしい』とか言うし……俺そん時金なかったから無理って言ったら、なんて言ったと思う? 『仕送りぐらいもらってないの? バイトもしててお金がないなんて』やで。まいったよ」
 ……あぁ、プレゼント目当てなタイプだったのか。
 僕と徳田は、顔を見合わせた。
「そりゃ、まいるな」
「だろ? 一ヶ月しないぐらいに『泊まりに行っていい?』とか言い出したりするしさ。なんか怖くて家に入れる気せんかったわ」
 積極的なのか、軽いのか……微妙だな。
「12月になってすぐ別れたからしばらく電話がしつこかったけど、クリスマス過ぎたら音沙汰なくなったなぁ。やっぱ別れてよかった」
「なんて言って、別れたんだ」
 徳田の問いに、高崎はちょっと考えた。
「え? っとなぁ……俺より金持ってる男は腐るほどいるから他をあたってくれ、やったかな」
「あっさりしてるな」
 単刀直入な別れの言葉だ。
 僕はそう思いつつ、ワインを注いだ。
「気持ちなんてとっくに冷めとったしな」
 高崎も自分のグラスにワインを注ごうとしたが手元が少し怪しい。やはり酔っているようだ。
「一番最初に彼女のことを可愛いと思ったことすら、遠い昔のことみたいやったなぁ」
 つぶやくように言う。高崎のこういう話をきくことはあまりないので、なにやら不思議な感じだった。
「最近の女子高生ってのは、気軽に関係をもつ傾向があるのかね」
「まぁ全員というわけでなくても、そういう子もいるな」
「で、その女子高生が、高崎のファーストキスの相手というわけか」
 徳田のストレートな指摘に、高崎は一瞬うろたえた。
「いや、まぁ、そうなるな」
「あ、でもこいつ、もう少しでファーストキスの相手が男だったんだ」
 僕は徳田に言ってやった。
「もう少しで、男と?」
「そうそう。昔の知り合いに牧さんて両刀使いの人がいて、その人にキスされそうになって」
「あーもう、あれはマジにやばかった」
 高崎が額に手をやった。
「佳月が助けてくれなかったら……あぁ、思い出しても恐ろしい」
「いや、たまーに、思う。あの時助けなかったらどうなってたかな、とか」
 僕がそう言うと、高崎が慌てた。
「おいおい、そりゃないわ。友達が襲われてるのに、助けないで傍観なんて」
「初めてで牧さんじゃなんだけど、キスぐらい構わないんじゃないか?」
「っと、佳月君、そりゃ問題発言やわ。キスぐらいって」
 高崎が反撃の姿勢を見せた。が、僕はそ知らぬ顔で言った。
「ドイツじゃキスなんて挨拶だし。なぁ、徳田」
 徳田は僕の言葉を聞き流すかのように、ワインのグラスを空けた。……こいつ、都合の悪い時は流しやがって。
「じゃ、佳月は男とでもキスできるのかよ」
 高崎がからんできた。
 僕があまりキスに対して深く考えていないのは、今好きな相手がいないせいだと思う。誰か好きな人がいるなら、絶対そんなことは思ったりしないと思うのだが。どうこう言ったって美緒さんとは勢いでしてるし、澁谷先生には強引にされてるし、深く考えると落ち込むだけだしな。
 しかし、男相手でもと言われると、さすがに返答に困る。
 でも……ま、ちょっとからかってやるか。
「お前となら、できるよ」
 僕が真剣な顔をしてそう言うと、高崎の顔が一瞬強張った。その反応が面白かったので、僕は更に悪乗りした。
「実は……俺が彼女を作らないのも、お前のことが」
「ストップ! 言うな、それ以上言うな、佳月」
 高崎が叫んだ。
「俺ら、いい友達やんな? なぁ」
 ……こいつの反応、ほんと面白いな。
「いや……ずっと前から、言いたかった。高崎、俺はお前が……」
 言いながら、おかしくて声が震えた。顔を隠すようにうつむいたのを感情を抑えようとしている行為ととったのか、高崎は怯えたように近くにあったクッションを手にして僕を遠ざけようとした。
「ま、待て、落ち着け、佳月。おい徳田、お前のんきに酒飲んでないでどうにかしてくれ」
「俺はいないものと思ってくれ」
 徳田は一人悠然とワインを飲んでいる。
「高崎……」
 僕が手をのばすと、高崎はクッションで僕の手をはらった。
「ま、話し合おう、話せばわかる、な?」
 高崎はじりじりと下がっていった。僕も調子にのって、彼を壁際に追い詰めた。
「高崎、いや淳……俺の気持ちに応えてくれ」
 僕が熱っぽく訴えるように言うと、
「いや、そりゃ、俺も佳月のことは好きやけど、それはあくまで友達としてであって」
 高崎はクッションで顔を隠して叫んだ。
「確かにお前はいい男やと思うけど、思うだけで、決して、恋愛感情にはなりえないわけで……だから」
 どうしようかと徳田の方を見ると、徳田はちょっと笑って「クッションを取り上げろよ」と小声で囁いた。
 僕は笑って頷いた。
離れずに暖めて
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